昨夜、沖縄名護の同級生から携帯に電話があった。
沖縄名護中学の同窓会を11月22日に行うので来てくれと言う。
還暦の祝いも同時に兼ねるとのこと。
昨日の投稿にも書いたように、すぐに行くと返事した。
この写真は私が中学時代3年間通った名護中学です。
≪8月28日8時ちょうどの画像です。≫
卒業以来一度も門をくぐったことはない。
もっと坂がきつかったと記憶しているが、8月28日に見ると緩やかに見えた。
入り口の門の先にもう一つ門があり、その右横に二宮金次郎さんが薪を背負い本を読んでいる銅像があったと記憶している。
その隣にもう一つ銅像があったと思うが今は思い出せない。
緑がいっぱいの名護中学校だった。
名護中学の校舎は奥のほうから中学1年、真中が2年、3年は門から正面の校舎と左側の校舎だった。
私は中学3年の時、左側の校舎の2階の一番端の教室だった。
当時は高校受験が重視された時期で、科目ごとに教室がかわった。
実力テストなども頻繁に行われて、テスト結果が廊下に張り出された。
今も、そういうことは行われているのだろうか。
運動場は5m程下がったところにあった。
暑い9月に運動会の練習があり、バタバタと倒れる人が続出した記憶がある。
運動会の練習でやった、沖縄空手『ナイハンチ初段』の型は今でも少し覚えている。
私は一番体が小さく、一番大きな体のクラスメイトと相撲を取って互角の勝負をした記憶は鮮明だ。
3年前に名護に帰った時に同級生が宴席を設けてくれた。
その席で相撲をとった彼が無くなったのを聞いた時は胸が痛くなった。
久しぶりに中学の頃の面影を探し懐かしく感じた。
11月には何名の顔が思い出せるだろうか。
中学の卒業アルバムを見たいと思ったが、田舎から持ってきていなく手元にない。
名護の実家にあるかも。
11月に帰った時にじっくりアルバムをめくりたいものだ。
いつも訪問いただきありがとうございます。
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