沖縄名護:名護城(なんぐすく)公園その1

 


11月22日(日)名護中学校の第17期生の同窓会があった。

その日の朝早く起き私は故郷名護を5時間ウオーキングした。

ウオーキングの最後を飾るのはやはり名護城(なんぐすく)だった。








名護に帰るたびに名護城による。

以前はこの写真のような立派な名護城の看板など無かった。

来るたびに変わっている名護城だ。

今年は8月から9月10月11月と毎月帰り、故郷名護には8月と今回の11月2回帰ったが、いつもは『また10年後に会えるかね』が実家の皆さんの口癖だった。

小学校2年から3年の兄貴の子供が次に帰るときには中学、高校になっていた。

それほど私は帰ることがなかった。(貧乏だったので・・つらいのー)

60歳になり、これではだめだと思った。
何のために生きているのか。
沖縄の唄にあるように黄金のためにあるのではない。

何かイベントがあれば○○に糸目をつけず帰ることにした。

名護の知人の皆様!小学校、中学校、高校の同窓会及びクラス会等の催しがあるときは連絡してくださいね。

すぐに帰りますから。

さあ、名護城の話です。

帰る度に変わる名護の街を名護城から見ることにします。





今回私が歩いたところを色付けしました。

1時間以上も歩いたが、地図上に描くとほんのわずかだった。

それほど名護城、いや名護中央公園は大きい。





入口の看板。







この階段は15,6年前に帰った時と変わらない。










2月の桜の季節になると、ここからの眺めは本当にきれいだ。











さらに上に上がる。

上には拝み場所がある。






ここから見る名護の市街も、いつも帰った時に見た名護だ。









やっと拝み所に着いた。

階段の多いこと、いつもウオーキングと畑耕しで鍛えている私でも少し疲れた。

50円を入れお願いした。


①家族の健康と幸せ。
②親戚、友人、知人が幸せになりますように。
③今日の44年ぶりに会う名護中学校第17期生の同窓会で一人でも多く顔と名前が一致し感動を得られるように。


50円では多すぎる願いと思った。


写真の整理と、ブログを入力していたら
もうすでに明日12月1日になっていた。


明日も仕事は早いのでもう寝ます。

名護城その2は次回投稿します。

お休みなさい。




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