名護市を歩く・・・市街中心部・・思い出す幼き頃



今年の6月25日午後4時半近く、名護の郊外から中心部へ歩いてきた。

私はこの中心部で育った。

名護の十字路の交差点から歩いて1分の所に住まいがあった。



当時はにぎやかだった。

山原(ヤンバル)の中心地で
バス停は行き来する人で賑わっていた。

そして名護の中心名護十字路は何時も人であふれていた。

映画館、遊技場、旅館、中央市場、本屋、楽器店、食堂、お医者さん、図書館・・・。

名護で何でもそろった。

何かあれば名護だった。

私も東村に住んでいた幼稚園の時
腹を下し名護の医院に運び込まれた。

その時浣腸を入れられおまるで用を足した。
お医者さんがうんこを調べるみたいだったと記憶している。

その後、うさーおばさんや母親から何年も言われた。
あんたのうんこのにおいはすごかったと。

たぶん私は赤痢にかかったのではと思った。
本当のことはだれも言ってくれなかったが。

数年後・・・
お世話になった医院のすぐ近くに住み
波乱万丈の小学校時代を送るとは思ってもいなかった。

ここが私の幼き頃、そして二つ年下の早世した弟の記憶がいっぱい詰まった場所となった。

お盆の今日。

62歳で亡くなった親父。
55歳で亡くなった弟と妹。
そして90数歳で亡くなったお世話になったうさーおばさん。
私を自分の子供のように育ててくれたうさーおばさん。

みんなそろって一杯飲んでいるか。

まだまだそこには行けないが
今日はみんなの事を想い一杯飲みます。




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