読書感想: 夏目漱石 三四郎



夏目漱石、作品を読み始めて7作目となる、「三四郎」を読み終えた。
10.20 坊ちゃん
10.28 吾輩は猫である
11.01 草枕
11.01 夢十夜
11.18 虞美人草
11.20 倫敦塔
11.25 三四郎


この頃、小説を読んでいて、人物の関係が良く分からなくなることが多い。

関係があいまいだと、読んでいても、だんだんと面白くなくなる。

それで「虞美人草」から始めたのが、出てくる人物の相関関係をノートすることだ。

少しだけ、読むのを止め、記録するので、小説の世界から現実に戻るが、どんなやったかと、曖昧にして、分からなく、読み進めるよりはいい。

「虞美人草」では、カシオの電子辞書その物に記録したが、どうも使いづらい。

いつも持ち歩いている、読書ノートに今回から記録することにした。その画像が左。


この「三四郎」が書かれたのは、1908年明治41年。

読んでいて、今から100年前の当時の学生さんの生活ぶりが想像できた。

冒頭から若い既婚者と一緒の部屋に泊まり、その女性から「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言われる。

一時はどうなるかと思ったが、後は小川三四郎を中心にたんたんと物語は展開した。

列車の中で出会ったもう一人の人物が後で繋がってくる。広田先生、そして偶然友人となった佐々木与次郎の恩師だった。私は読みながら、佐々木与次郎のモデルは正岡子規ではないかと思ったがそれは違った。

列車の中で弁当を食べ、その食べがらを列車の窓から捨てるシーンが何度も出てきた。
今では考えられないが、当時はそれが普通だったんだろう。100年前は日本中にごみが溢れていたのかもしれない。
何時か忘れたが、日本がごみにとても気を使い、街なかからごみが少なくなったのは東京オリンピックの頃、世界中の方々をお迎えする為に恥ずかしくないようにと始めた運動らしいことをテレビで見た記憶がある。
つい最近北京でオリンピックがあった時と同じと思った。
寝巻を着て歩かないようにしようとか、タンを吐かないようにとか、割り込みは駄目だとか等々日本では考えられないような運動を政府主導でやっていた。

「三四郎」を読みながら、100年前の日本はそうだったんかと思ったが、すぐにそこまでは無いだろうと否定した。

母の手紙から野々宮さんの所へ行けと言われて、東京での物語が始まる。

野々宮さんは理科大学の地下の穴倉で連日研究をしている研究者だ。漱石の弟子の寺田寅彦がモデルになったんではないかと思った。「吾輩は猫」でも寺田寅彦は出てきている。

野々宮さんの穴倉を出て、しゃがんだ池があの有名な「三四郎池」と呼ばれるようになった池。

その池で、左手の丘の上の女が二人。一人は団扇を持ち、もう一人は何も持っていない。のちの里見美禰子と野々宮よし子。よし子の兄野々宮さんが池の三四郎を見つけ、帰りしなに二人して散歩をする。

このあたりの描写が現実に三四郎池を一度も見ていない私には想像がつかない。

本を読み終えてから、検索して見た。多数、三四郎池の画像が出てきた。あの本の描写をたどって画像を載せている方もいた。よく分かった。
東京に旅行に行った時には、「三四郎池」と「靖国神社」は必ず行こうと思った。

「三四郎」を読んで、人生とは生きるとは、等とたいそうなものは無かった。

ただ今でも記憶に残っているのは、母親から来た手紙を読んで、思った、三つの世界。

第一の世界は故郷

第二の世界は学問の世界

第三の世界は現実の世界で家庭生活か

三四郎が出した結論は、三つかき混ぜて

『要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そして身を学問にゆだねるにこしたことはない。』

あわい思いも、経験しながら、たくましく生きて行く若き100年前の東大の学生の生活が分かる。

この小説に出てくる方々は皆金持ちなんだと思った。
どこの家でも下女がいる。
女中さんの事だが、貧乏生活ばかり経験している私なんかには考えられない。

三四郎が実家に20円の金を送ってくれと手紙を出す。

その20円が今の価値ではいくらになるか調べてみた。

明治30年ころの小学校の教員や警察官の初任給が月に8円から9円とあった。

庶民の感覚では当時の1円は今の二万円ほどになるとも書いてあった。

と、言うことは、
与次郎が野々宮よし子のバイオリン代を競馬ですった20円は今の価値に直して四十万円。

三四郎の実家に送ってくれと言った20円の価値も四十万円。

里見美禰子が三四郎に貸した金が30円、今の価値にして六十万円か。


そうみてくると、「三四郎」はお金持ちのボンボンの若き日の事を書いた小説に思えてくる。

でも、読んでいておもしろかったから良しとしよう。


次読むのを決めた。

同じく夏目漱石の「こころ」に。

今、読み始めているがどうもわからん。

学生が鎌倉にいて、男の先生と知り合いになるためにストーカーまがいのことをし、そして知り合いになり、その家に毎月3回ほど行くと言う。

どうもそこら辺が私の常識では考えられない。

でも、いい作品と言うことで100年も愛読されているのだから、そのうち面白くなるだろう。(と、思いたい)

当分、我慢して読み進めて行こう。




コメント